神は選択する

神は そんなことはしない

学びの中でそう思うことは多いかもしれません。

嫌なことを言う人に出会ったり、社会がおかしいことに気付いたり
戦争がなくならなかったり、苦しむ人が減らない事実を知るにつれて
神は何故助けてくれないのだろう?と 神などいないのだと思うのかもしれません。

しかし、神は全てを知っているなら
神は 私たちの神へと至る道を見守りながらどうするのが 

神の選択なのだと思いますか?

たとえば、何かを覚える必要がある人がいるとします。その人はそれを覚えないと
危険な目にあって、死にいたるかもしれません。
何度注意しても、何を伝えても その人はそれを覚えられません。

もう無理だと諦めるという方法もあるでしょう。

でももし、その人にとって 恐怖こそが、ポイントになることを知っていたら
何かの恐怖と引き換えに それを覚えることができ、死を回避することができたらなら
あなたは その人に恐怖を与えますか?

それとも、恐怖を与えるなんて、ひどいことはできないですか?

神は全てを知っています。

喜びも痛みも、苦しみも。

神へと至る道は、それらをあなたの感覚で体験し、知り、あなたなりの答えをだすことを学ぶ道です。

私たちは体験しながら、多くを学んできます。学びが進めば、想像するというツールを手に入れて
体験していないことを想像し、一部理解することができます。

日本語では、おもんぱかるという素晴らしい言葉があります。おもんぱかりすぎて、次に進めない、
他者の苦しみ悲しみを知りすぎて、自分をその先にいけないように ある種、呪いをかけているのかもしれません。

その先はまだ道があるのです。

多くの神になった者たちが待っています。

自分が選ぶ その先へ一歩を踏み出してください。

創造、それこそが、神が真に選択できるものなのです。

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